脳神経外科てきとうjournal club

読み癖をつけるために

May 1 2019 “脳神経外科手術における術後感染予防の歴史”

“Prevention of surgical site infection after brain surgery: the prehistoric period to the present”

Carrol E, et al.

Neurosurg Focus 2019; 47: epub ahead.

 

【はじめに】

 21世紀における術後創部感染(SSIs)の予防において、その歴史を知ることは必要である。

【有史以前】

 最も古い脳神経外科手術の報告は紀元前1万年のtrephination(穿頭術)である。術後に骨の治癒過程にある頭蓋骨が見つかっていることから、術後もある程度生存していたことが伺える。また、金を使って頭蓋形成術を行った形跡もあり、重金属の殺菌性についても感覚的に掴んでいたと考えられる。創部の毛髪を結んで傷を合わせる技術もあったと思われる。

古代エジプトバビロニア(紀元前3000年〜30年)】

 文字の出現により手術に関する書物を残すことが可能となった。この時代の医学は魔法と迷信が基盤となっていたようだが、その一方で紀元前1700年のEdwin Smith Papyrus(当時の外科手術に関する書物)には頭蓋縫合を活用した外傷手術の記載がある。時を同じくしてSSIに関してもビールで創部を洗浄してワインと油で浸した包帯で巻くという予防法が取られていたという。

古代ギリシャビザンツ帝国(紀元前500年から紀元後700年)】

 戦争や闘技場の負傷者が多く、脳神経外科手術は広く行われ、発展した。ヒポクラテスは脳の損傷の局在や穿頭術と傷の管理について記し、膿が創傷治癒過程において好ましく無いものであると発見した。ワインによる消毒法も同様に記載されていた。しかしながらヒポクラテスの膿に関する考えは当時は受け入れられなかった(創部感染が多かったせいか、膿の出現は通常治癒過程と考えられたのかもしれない)。ヒポクラテスの医学をまとめたガレノスの書物はその後19世紀に到るまで影響を与え続けた。同じ時代、Paul of Aeginaも脳神経外科の手術道具や手術手技、創管理についての書物を記している。

イスラム黄金時代】

 この時代は2人の大きなインパクトを残す医師を育てた。Haly AbbasとAlbucasisである。Haly Abbasは”The Perfect Book of the Art of Medicine”を残し、手術や創管理について述べた。ここにもワイン漬けの包帯の有用性が記されている。Albucasisは”The Clearance of Medical Science For Those Who Can Not Compile It”を残した。これには脳のみならず当時あまり注目されていなかった脊髄についても記載があり、動物の腸から作った天然素材の紐を用いた皮下縫合も行われていたようだ。

【中世期(400-1400年)】

 Rogerius Salernitanusは頭蓋骨骨折の手術や創部に関する具体的な手順の記述を行ったイタリア人である。Theodoric Borgognoniは無菌操作のパイオニアとされるセルビア人であり、当時医学の王道であったガレノスの教えに反する、膿を悪とする考えであった。Leonard of Bertapaliaも同様にガレノスの教えに背き、非難を浴びた。中世の終わりにはGuy de Chauliacが頭部外傷の手術前の剃毛の有用性を述べ、頭部の創傷を7タイプに分けてそれぞれの処置法を定めた。しかしながら彼は膿の概念についてはガレノスの教えに忠実であった。

【16-18世紀】

 この時代の貢献者は近代手術の父と言われるAmbroise Pareである。Pareは創部からの異物の除去と熱した油を傷に入れることを提唱した。卵黄と油で作ったドレッシング材を用いてSSIを大きく減らした。200年後にはフランスの外科医であるSauveur Francoi Morandが脳膿瘍の手術を行った。その手術法は指で可能な限りの膿瘍を除去し、樹脂・精油・油を混ぜたものを置き、銀のチューブでドレナージを行うというものであった。銀の殺菌性や脳内スペースにおける持続的ドレナージの有用性を認識していたと思われる。上記の工夫を凝らしていたが、この時代は未だ「清潔」の概念は存在していなかった。

【19-20世紀】

 19世紀に入っても膿の概念はなかなか正されることはなかった。Oliver Wendell HolmesとIgnaz Philipp Semmelweisは手洗いの有用性を提唱した。SSIは19世紀を通して大きな死因の一つであり、術後8割の患者が院内感染を起こしていた。Stephen Smithは当時の状況をこう記されていた。「脳神経外科手術患者は剃毛されているものの、その頭皮は清潔ではなかった。術者は剖検から直接手も洗わずに手術室に入った。素手の助手が教育のためと称して術野に触れていた。」

 1867年4月にJoseph Listerが消毒法についての本を出版し、感染予防の概念は大きく変わった。彼の業績の一つは「滅菌ガーゼ」を導入したことでもある。これを機に医学会は清潔概念の考えを改め始めた。この動きはその後熱殺菌や滅菌ガウン・キャップ、手術用マスク、手術用手袋の発明に繋がった。

 Listerの革命的な出版から100年もしないうちにAlexander Flemingがさらなる革命的な発見をした。それがペニシリンである。

【21世紀】

 清潔概念が導入され、SSI対策が精力的に行われるようになった。しかしながら、いまだにSSIは広く世界で問題となっている。脳神経外科領域のSSIは一般的に1-9%と報告されているが、報告によってかなり差があるのが現状である。

 現在も検討されている事項として、ドレーン挿入中の術後長期抗菌薬投与の必要性、効果的な脳室ドレナージカテーテル、ドレーンからの脳脊髄液採取の最適な頻度などが挙げられる。これらは依然として議論の余地がある分野である。

【結論】

 最も古い脳神経外科手術が行われてきた頃からSSIは問題視されているが、その予防法については議論の余地がある部分も多い。全ての答えを未だに我々は併せ持っておらず、今後も同じ歴史を繰り返さないように検討を続けて行くべきである。感染予防のプロトコールを作り、全体もしくは施設ごとのガイドラインを強調し、アンケートや教育を行って、SSIを根絶するための努力を絶やしてはいけない。

【ひとこと】

 脳外科手術は多くの場合完全清潔手術で行うことができる。頭皮の血流が多いことも相まって術後感染を起こす頻度は低いと考えていたが、1度感染を起こすと整容的観点からもかなり悲惨な結果を招くことが多々ある。もともと不潔でない手術においては感染は0を目指すべきであるし、そのための工夫は今後の課題である。